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2019年06月02日

 本日、熊ヶ根駅の向かいにあるコンビニからタクシーを呼んでもらい、ついにうちのお店に来てくれました。かなり遠回りをしたらしい。仙山線で途中で熊ヶ根駅に止まると思ったのだが急行?に乗ったらしくて止まらずに山形まで行った。30分ほどして仙台行きに乘って一応熊ヶ根についたのだが・・・・。何もないのでコンビニで聞いたらタクシーになったのだ。しかもタクシーも熊ヶ根にはなくて愛子から呼んできてもらったらしい。運転手はパラダイス・レコードを知っていたのですんなりと到着。そのままタクシーに待っててもらい店内へ。見始めたら止まらない様子でついには運転手が「どうしますか?。帰りの予定の電車に間に合わない」と伝えたら、「もう一時間必要」となったので、運転手さんと話をして料金を支払わせて、遂にはうちで、作並駅に送り届けることにした。予定より一時間の延長だ。東京へ戻るというので、間に合うようにして対処した。ご主人(一緒に来ていた奥さんが日本語でこう語っていた)が探している間、奥さんと楽しく会話をしだした。途中であまりにも楽しい店内なので「写真を撮ってもいいですか?」と言うので「もちろんいいですよ」と答えたら嬉しそうに沢山撮りだした。その間好きな「音楽の話」や「この作並の美しい景色に満足した」とかが続いた。仕事ができない状態だった。でも一番驚いたのが「大好きなクラプトンを見るために日本に見に来たのです二度も」。びっくりしていたら「英国ではチケットが即座に完売するのでとても見ることが出来ない。」という言葉に驚いた。「友人はドイツまで行っている人もいるよ」とかだ。流石世界の超一級のアーティストだ。感服。また店内にあるギターを見て驚いていた。こんな山の中のレコード屋さんで見れるとは思わなかったらしい。ご主人も参加してギター談義をしばし。「デヴィッド・ギルモアはシリアル番号1のストラトを持っている」とか、「バディ・ホリーのだったとか?」「ディープ・パープルが好きで、今はモータウンが大好きで集めている」とか。奥さんと二人で楽しそうだった。英語と日本語のごちゃまぜでの会話なのでこれまたいい加減な英語といい加減な日本語でやりあったのは今までも何度かあったが楽しい。帰りの電車の時間が近づいてきたので、精算をして作並駅まで、パートナーに送って行ってもらった。仙台へ来たのはパラダイス・レコードに来るためだったらしくて、こちらとしても嬉しかった。「また来年の夏休みに来たい」と、「See you next time」の英語で答えたら笑っていた。
 ありがとうございました。ソウル、ファンク、ヒュージョンとたくさんのまとめ買い。

2019年05月06日

 孫のために30年ぶりに「鯉のぼり」を出しました。依然住んでいた団地の中ではちょっと大きく感じていたが、今は巨大な建物の中では「こんなもんかな?」という感じで見てしまった。


2019年05月02日

 「一の坊」に展示している弊社の写真を撮りに行きました。桜が満開の時期でした。書いている今日は散っていましたが・・・・。到着後にまづは無料で飲めるコーヒー・・・・いやカスタム・メイドのジュースを・・・それに「一の坊」特製のおやつ類を両手に持って展示スペースの前にあるソファーで・・・。時間がたつのも忘れてパートナーと談笑。担当してくれたスタッフの方が気づいてお声がけをされたが、他のカスタマーに迷惑にならないように配慮。ありがたい。照明もほかの展示物より少々暗めにしてくれていた。色抜けを少しでも防ぐための配慮だ。感謝。
 ついでに泊まってみた。夕食まで、まづは一風呂。三か所のお風呂を楽しんだ。夕食はビュッフェ+バイキングなのでその場で手作りのものを数か所でかき集めて楽しんだ。和洋が食をそそる。少しづつだが多くの種類を食した。満足。
 夕食後はサロンでライヴを見た(地元で活動している?らしいが)り、買い物をしたりとあっという間に時間が過ぎた。楽しい時間はあっという間に過ぎるものだと久しぶりに実感した。
 来れたことに感謝。行けるようにしてくれたせがれに感謝。しかしレオンとアレサはご立腹。翌日帰ってからたっぷりと散歩を楽しんだ。満足かレオン、アレサ?

 また来たくなった。いや行きたくなった。そのため会員登録をした。

 

 

2019年02月14日

 雪のはずの1月と思っていたら意外と少なくて安心していたら、2月には結構降ってます。しかし例年に比べ大量ではないので体が楽ですね。倉庫の整理も意外ときつい寒さでないのでこちらも楽ですが・・・・しかし在庫が多くて整理をしているはずなのだがついつい「これも店に・・これはネットに・・・・」と考えてしまい遂には山積みになっている予備軍が・・・・!!!。整理はどこへ・・・・。しかも海外からも入荷するは、買取りではいるは・・・・。整理が進まない。でもたのしい!!! レコ度を見ているだけでわくわくするのだから依存症か?ただのレコード・マニアか?こんなに沢山あってもまだ欲しいのがある。ギターと同じだ。でも本日はかなり寒いので、完全防寒対策をして倉庫へ行くのだ・・・・。

 

2018年12月23日

 ベンチャーズのドンさんの奥さんのドリーさんが遊びに来たのだが・・・。宮城インターを降りてからものすごく間違ってしまったみたいで、3時間もかかって到着。10時の予定が13時ころになってしまった。お疲れ様でした。で、なんで来たかといえば、1963年モデルのモズライトを届けに来てくれたのだった。そしてドリーさんがj話をしていた時に、話題がモスライトの話になり(このモスライトの前までは、フェンダーや、ギブソンのギターのことを話をしていた。店内に沢山のギターが並んでいたのを見て。)、米j国のドンのもとへ携帯で電話をしだした。モズライトの持っているものを聞き出した。「12弦もあるよ」と言われて「1965年だと言ったら」「いや1963年だよ」と言いだされた。「ん~??」となったら、急にドリーさんが「電話に出なさいよ」となってしまい直接ドンさんと話になってしまった。「DO YOU REMEMBER ME」と電話で開口一番伝えたら「 YES SURE, REMEMBER」と。そしてドンさんは「1963年に使用したのだ」といったが「12弦は1965年に出来たのではないのか?」との問いに、「いやモズライトで初めてプレイしたのが、let's goに収録されたWALK RIGHT INだよ」と言いだしておもむろに「知ってるかい?こんな曲だよ」と言い、WALK RIGHT IN を歌いだしたのだ。信じられるかい?この場に合わせた数名がびっくりしたのも無理はない。「今まで大切に保管してきたギターだよ」と言われた。でもすごくボロボロだったよ。でもうれしいのは彼らの歴史をつなげられたことだよ。いまでもこの時の時間が止まればいいと思ったことは一生忘れないだろう。そして何度もドリーさんが「アメリカの家へ来なさいよ、沢山ギターがあるからね。見に来るだけでも楽しいよ。で、アメリカに来なさい。日本へギターを持ってくるのは大変だから。」なんてこったいドリーさん!嬉しいね。世界中のベンチャーズ・ファンには申し訳ないが、楽しませてもらいました。ドンさんはサンバーストのモズライトが一番好きだそうだ。手放したくないのだろうが、なんでこの俺に?四本目が届いた記念すべき日になった。しかも想い出があまりにも多い今回の譲渡の旅。紆余曲折の連続。あまりにも刻み込まれた日になった。感謝。次はノーキーの 来日の時の12弦なのか?写真を送ってくれるらしい。


 今はフェンダーを譲り受けたいと思っているし伝えてもいる。どうなることやら・・・・。
    追加情報(1月12日) 
 フェンダーのジャズマスターは、2本(60年と67年?)は米j国にある "HALL OF FAME" に展示されているみたいだ。ドンと共に写っている写真が送られてきた。




12弦     シアトルに来なさい  が今回の最終キーワードかな? 

 
 

2018年12月22日

 先日お会いしに行ったのだが(片道5時間、途中でレオンとアレサと遊びながら高速のサービスアエリアで)、たくさんの事情が重なりお会いできなくなったのだった。帰路の途中で携帯がなった。「今どこにいるの」「高速の帰る途中」「すぐ戻って」「もう無理」・・・・。押し問答が続いた。一度切れたが再び「それなら仙台まで孫の運転で行くよ」「わかった」という具合に話が進んでしまった。何のために・・・・???ですよね。
 あとは到着後にご報告を・・・・。

2018年12月03日

 <変更日2023/03/11>
以前記述した下記の内容だが、実はノーキーが使用していたものではなくてカナダのデルが持っていたものだったということがつい先日分かった。非常に残念でははあるが、きれいな状態なので保管していくつもりだ。


この購入したモズライトはノーキーが使ったものだということで購入したが、どうやらそうではないみたいでした。すみません。誤解を招きました。ただし1965年製であることだということなので自分のコレクションとして保管していく。。写真のサイン入りだ。2016年に来日した時にドンとメンバーによるサインは間違いなく本物です。取り敢えずきれいな状態でのパールホワイトであるこのギターは大切に次世代につないでいきたい。孫が欲しがれば・・・。つい先ほどベンチャーズのドンさんの奥さんドリーさんからmailが届いた。以前譲っていただいたパール・ホワイトのギターは、ノーキーが1965年の夏の来日の時のものだったということだった。やっぱり…だと思ってしまった。どうしても納得のいかない部分があちこちにあったので、直接どうだったのかを問い合わせていたのだ。ドンがいうにはPLAYS w/ NOKIEの返事だったのだ。弦を009にすればノーキーのサウンドになるし、011に変えるとドンのサウンドになる。若干ブリッジ部の調整は必要だが、そのほかの部分は手を加えないでも大丈夫なのには驚かされた。ウーン、幸せだ。ツインのヴィブラート・チャンネルであのサウンドが甦る。

2018年11月20日

 最近弊社のHP上の商品掲載時にできる限りの情報として、マトリック番号を記載するようにしてます。しかしこれが初回かどうかの判断をするのはちょっと無理がりそうなことに気付いた。英国盤だと若いほうが初期版なのだが、私が所有するベンチャーズの場合は、3種類の盤を同時にサンプルとして、そのうちの一種類が製品化されるのだが、残ったのは???この番号は欠番になるのだろうか?続きの番号にならないというのなら、次のスタンパーが作られる時にはどのような流れになるのか?これが謎のままだ。推測でモノを言うしかないな・・・。 米国盤は?プレスをする工場がいくつもあるのは以前から知っていた。マスターをカッティングするのは?誰がどのタイミングでどこで?が分からない???ここからは私の私見ですが・・・。その土地がらに合わせて、そのプレスをする工場によって音質を決めているという考え方が自然のように思える。誰がカッティングをしたかも大切な情報の一つだが、多くの盤を聴いている者の方がその音質の違いが分かりそうではないでしょうか・・・。「どこそこのプレスのものは音が良い」とか、「あのカッティングをした担当者のものが音が良い」というのを耳にすると、それをうのみにしてしまうのでは愉しみが半減してしまうのではないか?あくまでの私見ですが、私は音が良いとかと思うよりも、「このプレスした工場のあるいは、マト番だと”こんな音質ですが、この盤だとこういう音質になる」あるいは「マト盤の枝番がこれだと、同じ工場なのにこのように音質が異なる物になったいる」。A&M系列だと、何処の工場かがわかるので、「初盤は?」と聞かれても枝番が若いほうがすべて初盤と考えてしまうのではいけない事なのだろうか?その中で選んだら失敗なのか?

反論は沢山あるだろうけどね。

ちなみにATLANTIC系列の盤で、RIのクレジットがある盤の音質ですが、どのタイミングでカッティングされているのかはわからないが、総じて重厚なサウンドになっている盤が多い。これはかなり多くの盤を聴き続けている自分の耳に残っていることが多いので、記しています。狙いめか?

2018年10月04日

 ギターを入手してはひとりで悦に入っているのだが、昨日もパートナーと二人で、楽しんだ。アンプはツインの 黒パネルのマスター付きのタイプ。80年頃ののものだ。完全にオーバーホールをしてもらってバリバリのサウンドだ。更にデラリバの1966年のオリジナルだ。ステレオにしている。そこへGibsonのSGのダブルネックだ。やるのは一つゼップの「天国への階段」しかない。一人でやるのだから曲の構成を覚えきれていない。使ったコードはすべてほぼ覚えているのだが・・・・。再度聞き直してゼップのをバックにやるのがいいだろう。もう一度何度か聞き直しをしよう。BBCのライブが妥当と思う。・・・・・にしてもさすがに50年近く前にドラムを担当してゼップのコピーバンドをやっていたのだが、なんて難しかったのだろう。でもライブもやっていたので、やれていたのだろう。若さってすごいパワーを持っていたのだろう。怖いもの知らずだった。今はやってくれるメンバーもいないので、一人で楽しむしかない。パートナーも楽しんでくれたら一番だ。

2018年09月24日

<変更日2023/03/11>
 現時点ではすべてが正しいかどうかはもうすでにドンが死去しているので、確認はできない・・・。


この購入したモズライトはノーキーが使ったものだということで購入したが、どうやらそうではないみたいでした。すみません。誤解を招きました。ただし1965年製であることだということなので自分のコレクションとして保管していく。。写真のサイン入りだ。2016年に来日した時にドンとメンバーによるサインは間違いなく本物です。取り敢えずきれいな状態でのパールホワイトであるこのギターは大切に次世代につないでいきたい。孫が欲しがれば・・・。


 今年の6月からドンのギターを譲りたいといわれていたのだが、金額が折り合わず長い時間をかけて交渉をした。最終の帰るまえでもダメで、米国に戻ってからもコンタクトをとっていた。最後の決め手はパートナーから不足分を借りて支払うことで了解してもらった。このために送ってコラったのが23日に到着!。写真を出したのだが、これはドンの奥さんから頂いたもの。プラス到着してすぐに取ったものだ。1966年のプロと・タイプだろう、レアなカラーだ。あまり市場に出ていないカラーに思わずにっこり。ご来店中のお客様がいたのだが構わずデラリバで試奏。アームの狂いも少なくサウンドもグッドで、納得の自分がいた。元々はモズライトはあまり好みのギターとは言えなかったのだが、今はその良さがわかるようになった。大好きとまではいかないが(自分の一番の好みはテレキャスだから)、多くの種類のギターを所有するようになった。個性がそれぞれあるのがたまらない魅力だ。セミ・モズレーも気合を入れて制作したのだろう…。グリーンのネックは完全ワンピースで66年の他のモデルとは異なっている。そして黄金のベンチャーズを支えたドン、メル、ノーキー、ボブの4人のサインも入っている。ひょっとしてどこかのコンベンションで当時展示に使ったのだろうか?60年代には多くの楽曲で使用していたモズライト。このことはドンからも直接聞いていた。独特のサウンドだからすぐわかるだろうね。
 今回のは、リセールしても構わないと言われているが悩む。まだまだ所有しているらしいが、また自分に売ってくるのだろうか?以前も書いたけど、あのジョー・ペリーもサンバーストを譲ってもらったらしいからね、米国のミュージシャンのあこがれもあるのだろう。そしてドンも自分のことを知っていたということを伝えてもらったことにも感謝。てっきり息子のティムに譲るものだと思っていたからね。それが自分のところに来たのも何かの縁だろう。神に感謝。


 ありがとう自分のわがままに付き合ってくれたドンの奥さん{ドリー」さんに感謝、ありがとうございます。


 注意とお願い。
 下部の写真はドンの許可を取って使用しておりますので、勝手に写真を流用したりコピーすることは禁じます。この注意喚起にそぐわない行為を発見した場合は、法的な処置と違約金が課せられます。ご利用になりたい場合は前もってご連絡ください。




2018年09月19日

 秋真っ盛り!!天候も良くうちの裏庭」(?)には山栗が今年も方策だ。しかも一度切り倒したはずなのにわきから生えてきて大木になった。昨年はそのすぐ下で枯葉などを焼却していたら栗の木の燃え移ったりして心配したのだが、めげずに今年は大豊作で、しかも粒が大きくなった。感謝だ。すでに三回も拾ったが、毎日のように自然落下する。拾っている途中にも落ちてくる。危ないけどやめられない。明日も拾うのか・・・・。ありすぎるから・・・・悩む・・・・。自然は凄い。勿論虫食いは捨てるのだが見逃しもありチェックを再度しても必ず出てくる。でもそれだけおいしいのだ。小さ目も多いのだが(山栗だからね)、ちょっと大きいのに出会うと喜んで拾う。
 秋の機嫌の良さへレオンとアレサもだ。

2018年09月13日

 9月15日が作並に本店として再開店をしてから9年目になります。東日本大震災の前年の2010年の6月で旧本店の一番町から移動して3か月かけて店舗にしたここ作並本店。現在もまだまだ改造して皆様のご来店を支えるようにしている。見やすい場所もあればみにくい場所のある店内のレイアウト。ほとんどを自分と手伝ってくれるパートナーの二人とレオンとアレサの4人(?)体制でやっている。これからも続けていくのだろう。連日の出品とそれに伴う商品の管理や、グレードなどのチェック、価格の設定・・・・。やることが楽しい。また、夏場などは、快適なご来店のための出入り口などを含む”草刈”、小動物への対策、きれいに保つための手入れも欠かせない日課だ。自分よりも配慮の行くパートナーの問題事の発見はさすがである。それもまた解決するのがこれまた日々の仕事になる。冬は雪への対策だ。広い敷地なので手作業だけではどうしようもないので、頭を使う。これが楽しいけど・・・・。冬場でも遠くから来ていただけることに感謝だ。自分たちで選んだこの作並は快適だけどその分手をかけていくのだろう。さあ次の作並本店の10年目にかけての日々を地道に過ごそう。

2018年08月22日

 過日、下記の内容での取材の問い合わせが来たのが一か月前だった。以下はその時のメールである。

「[件名]
  SKYMARK機内誌「MARK!」取材のお願い
[お問い合わせ内容]
  パラダイスレコード
  ご担当者さま

  平素は大変お世話になっております。
  SKYMARKの機内誌「SKY FRaU on MARK!」を編集しているMと申します。

  今年5月から、SKYMARKの機内誌が、講談社から発行しているワンテーマ・マガジン「FRaU」がプロデュースする機内誌としてリニューアルいたしました。その中で、毎月一箇所の就航地を取り上げ、その土地の楽しみ方を地元の方に聞くページを企画しております。

  10月配布号では宮城県を歩きます。8Pで宮城を取り上げ、約13 箇所のスポットを紹介いたします。

  「すごい量のレコードがある」ということで映像ディレクターのTさまに御社をお勧めしていただきました。ぜひ機内誌で紹介させていただけないでしょうか。

  8/3に仙台市周辺を取材したいと思っております。可能でしたら45~60分ほどお時間いただけないでしょうか。当日はライター、カメラマン、編集担当の私の3人で伺います。

  以上、お忙しいところお手数おかけ致しますが、
  ご検討いただけますよう
  何卒宜しくお願い致します。」

 一度は断りかけたが、何度かやり取りをしたうえで、本当に取り上げていただけるのだということが分かりましたので、承知いたしました。このようなチャンスはほとんどないと思うので、心より感謝している。国内線での機内で読めるので、是非、この期間中にANAに乗って試してみてはいかがでしょううか?でも取材にこられた方々にも話したのが」これ以上来店者が増えて忙しくなるのは困るのだけれど・・・。なんてもったいない言葉をつい出してしまったのだろう・・・。
 
 添付の写真がこの取材の多分最終確認の校正用の資料だ。

 

2018年08月19日

 過日雨の日が続いたころ、うちの電線の引き込み線によりそうようにして羽を休めているつがいの小鳥がいた。初めはあまり気にならなかったが、パートナーが、「ずっと一緒にいる」と言われたので、見ていたら、ほぼくっついた状態で止まっていた。どちらを向いてもくっついている。近くには別の小鳥たちが来るのだが、この二羽には近寄らない。見守っているみたいだ。卵を温めている様子なのか?気にった仕方ないので、写真に収めた。彼らの眼が合ったのでパチリ。こんな写真が撮れるとは・・・・。しばらくは一緒にいたのだが、ホトンf¥℃動かないので見丸のはやめにした。しばらくは留まっていたみたいだがしごとの時間になったので離れた。その日は結構小雨だったので、寒さを二羽で体を寄せて温めあったのか?おなかの卵の為なのかはわからずじまいだった。でもこの写真は最高なので、うちのファンの方々とシェアしたいと思ったので取り上げてみた。左右の小鳥の眼が合っている。こちらをにらみつけるように、威嚇しているのだろうか?

BGMは「青い影」か「男が女を愛する時」が最高かな・・・・。しかもブルージーなアーレン・ロスが・・・・・。



久々のレオンとアレサとののんびりタイム

2018年08月17日

 音楽だけの仕事で40数年携わってます。楽器の販売もやっていた時は東北随一の売り上げをほぼ毎年やってました。ヤマハのキャンペーンでは、キーボード部門の売り上げで、日本国内第四位にもなってました。その時の東北の楽器の販売店の多くの担当者とキャンペーンの結果のご褒美と、賞状の授与のために「つま恋」招待をされたりしました。結構多くのプロ・ミュージシャンがゲストで来たりしていたのを思い出した。あのブラザーズ・ジョンソンのルイスのチョッパー・ベースを1Mくらいしか離れていない処で見たことは今でも鮮明に覚えている。夜は、仲間の担当者とマージャンで盛り上がっていた。最近山形の元「ミュージック昭和」担当者いや後に店長を務めたk氏とお会いできたのだが、昔の話や、楽器の話で盛り上がった。k氏もVINTAGEの楽器のお店をやっているのだが、なかなかいいギターが揃っていた。同い年なので・・・・。結構山形から来られるお客様からも彼の人柄の良さを伝えてもらうと自分も嬉しく感じる。また会いに行こうと思っている。

2018年08月13日

 以前より自分の持っているギターやベースのメンテナンスをやっていたのだが、最近は販売物のメンテナンスも楽しくやっている。昨日も自分が以前(1974年頃)特注で作ってもらった(東京サウンド、グヤトーンにオーダー)「ボー・ディドリー」をモチーフにした長方形のモデルをオーバーホール。パートナーと二人でパーツをばらして磨いて、ダメなパーツを取り換えたりした。ピックアップは、当時入れ替えた「ギブソンのパフ」を再確認。いい音を出してくれた原点か?1976年の東北の夏の祭典「ロック・ジャム(ヤマハの主催によるロックのコンテスト)」の東北大会に出場した時のオリジナルの ブルースナンバー「夜勤ブルース」でメインギターとしても使用したのだった。数年前に亡くなった元のリード・ギターと共に作った自分にとっては想い出の一曲だ。今回のオーバーホールでいい音を出してくれたので嬉しい限りだ。そういえば、このギターを抱えて登場したのを、審査委員で来ていた「竹田和夫」氏が身を乗り出してみていたのを思い出した。その時のもう一曲は、現在もレパートリーとしている「銀座カンカン娘」のロックン・ロール・アレンジだ。昔から音楽だけに生きていた自分にとってギターやベースは身体の一部だ。


 下が噂の(?)ギターだ。現在
オーバーホール中で見た目はよいのだが音が出ない状態だ。パーツの到着待ちだ・・・・・。

Gibson PAF PAT No.2737842 の刻印付きだ。72年から75年くらいの製造と思われる。



2018年07月21日

不良は誰だ?ここしばらくは、ペイパルの利用が上手くいかないのだろうか?入出金もうまくいかないので、海外の購入者がイラついている。仕事に差し支える。べつな部署で使用しているペイパルもダメになっている。問い合わせてもダメだった。いい返事ももらえていないのは同じだった。待つしかないが毎日問い合わせてみるのか・・・・。無駄な時間だ。せっかく売れても支払ってもらえない。海外の購入者が支払いができないので、以来荒らして問い合わせてくる。すまん。うちが謝るのではないのが普通だけど、取り敢えず謝っている。回復を待つか・・・。

 

2018年07月07日

 どうしても好き嫌いは出るものですね。パラダイス・レコードに対しても当然ある・・・・と思う。
1.好きな同業者は・・・・:とにかくめいいっぱい面倒を見てやったり、サポートしてるということだろう。催事では、日本全国を飛び回ってやっていたが、当然すべての参加業者が来てセットアップをしてくれるわけじゃない。このため、弊社がどんなに離れていようが必ず現場に行って来れない業者の分もセットするのが通常だ。多い時には6-7業者をこなす。例えば、姫路市にあるフォーラスでの場合は、大阪からですら来ない業者がいるので、弊社が執り行う。大分の時は、ほぼ弊社と大阪の「OかX」さん以外は来ない。当然これもやるのが弊社だ。遠いと泊まり込みだから経費も結構掛かる。しかしこういうことがあるので、多くの業者さんにはおいしい催事場所の案内ができる。これも恩返しだと思っている。弊社が開店した30数年前に催事に誘われてくれた業者には、その後に多くの催事を紹介してきた。この最初の誘いの御恩は弊社が催事をやめるまで続けた。

2.嫌われる理由は????? 思い当たるのは、初催事後に大型の催事で名古屋に初上陸したときに、20社くらいいた中で売り上げをトップで締めくくった。初めての年には、「まぐれだろう」と思われたので、翌年も誘われたが、同じくトップをマーク。これに気をよくしなかったのが、主催をした名古屋の業者だった。これ以降一度も名古屋の業者からはお呼びがかからなくなった。この業者に声かけられていたほかの業者も数社が嫌いになったのだろう・・・・とおもう。
 結果的には、売れることで、同業者からバッシングされていたのだろう。価格の安いとか高いとかではなくて、いかに内容の濃い商品群を用意することができるのかが第一だと考えているので、これは現在まで変わることの無い弊社のスタンスである。同業他社のように、バーゲン品を持っていく事はあまりしてこなかった。

3.身内の業者に救われた。
おかげで名古屋の兄弟のように付き合っていた別の業者と共に「レコード・フェスタ」の名称で催事をやり出した。結構売れてはいたが、以前のようには売れなくしてセットアップをするように心がけた。他社に申し訳ないので・・・。催事で名古屋に行くのは自分の担当にした。楽しく遊ぶために多くの業者がフォローしてくれたから、遊びに行ける時間を作ってもらい、行くたびに(年に3~4回開催していた)名古屋港や、トヨタの視察できるところ。あるいは、子供達も連れて行ったりして、遊ばせてもらった(夏休みなどが重なった時など。楽しませてもらった)。

4.現在は、同業者とは、ほとんど付き合っていない。もう仲良しごっこはいいと思っている。ウォームな関係も大切だが、クールな関係も良いのではないか。めんどくさいことには首を突っ込みたくない。

ねっ!嫌いか好きかはもうどっちでもいいよ。勝手にほざいていたら・・・・。

2018年07月03日

 ドンの最新の映像が奥様のDORYから送られてきた。あまり通常の米国での映像はないので、今回送られてきたのは非常に喜んだ。サポートは30-40代の若手(?)がいる。ギターだけで4人・・・。ドンが結構おぼつかない雰囲気ではあった。このライヴの経緯は知らないが、多分ライヴを見に行ったDONを急きょステージにあがらせて、やらせたような雰囲気だった。結構コードが上手く引けていないのが分かる。年も年だしね。でも元気なDONに感謝。最後の一人だからね初期メンバーとしては。昨年も送られてきたライブも良かったが、今回は奇跡のようだ・・・・頂いたのも。
 そういえば、話は変わるがノーキーの息子(50代後半かな?)が以前DONから購入したBLUEのMOSRITEを弾いている映像を頂いていた。結構スムーズに弾いていたのが印象的だった。雰囲気は70年代のノーキーにそっくりだ。
 更にこのBLUE のMOSRITEをジェリーが持っているのを写真にとれたことが一昨年の夏に東京であった。超レアな写真であることは間違いないだろう。傍らにいた、M&Iのスタッフに注意されたが、今でも保管している。ライセンスの問題で、FENDER以外は持っているのを公表できないのだから、本当に大切な写真だ。
 今年も来日しているベンチャーズ。メンバーは大幅に違うのだが、そのグルーヴ感が失われていないことが大切だ。愛すべき音の侵略者たちよ永遠に・・・・。

2018年06月16日

 別にバンドが原因ではない。ネットで悪言を書かれていたからでもない(見ようによっては宣伝してくれているようにも見えるのでこれについては感謝も含む)。では???少しホームぺージへの出品を加速させたかったのだった。頑張りすぎか?今まで通り気の向くままに出品していく事で、落ち着いた。ほぼ通常の営業に変えた15日は、開店を待ち望んだように来てくれたので楽しんだ。意外というか皆さんきちっと弊社のホームページを見ていてくれたらしく、話題の中に少し触れていることがあった。嬉しい。やはりネットに載っているものを探しているのを感じる。これからも頑張るか!!!???

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